義務論理について考える

義務論理(Deontic logic)について考えてみます

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義務論理のパラドックスを解消する話

義務論理のパラドックスのうち、「Free Choice Permission Paradox」

Deontic Logic (Stanford Encyclopedia of Philosophy)と呼ばれるパラドックスについて考えます。その回避策を提示します。

 

パラドックスの生じる原因は、規範に関する言明における、オペレーター「∨」の解釈に起因するように思われます。

 

上記例の他に、まず身近な例を挙げます。

 

SDLでは、PE(p∨q)⇔PEp∨PEqですが、一方において、p:新聞を読む(あるいは何らかのしてよい行為)、q:犯罪をする(あるいは何らかのしてはいけない行為)とすると、PEp∨PEq(pをしてよいかまたはq

をしてよい)は、その一方であるPEpが真であるから真であるとして、PE(p∨q)は新聞を読むかまたは犯罪をしてよいとなって、犯罪をすることを肯定しているような言明になってしまいます。

 

このパラドックスを消極的に解消するならば、PE(p∨q)の解釈を変更すれば済みます。つまり、自然言語のpまたはqしてよいという表現に相当する論理式を認めず、

PE(p∨q)は、PEp∨PEqと同様の意味内容を表していると考えれば、自明にパラドックスは解消される。

 

あるいは、積極的にパラドックスを解消したければ、PE(p∨q)⇔(PEp∨PEq)がトートロジーでないような意味論を考えればよい。

 

そのような意味論を提示したい。これは同時に、PE(s∨g)⇒(PEs∧PEg)が成り立ち、一方において、SDLにおいてこれを仮定したときに生じる不合理が起こらないような意味論にもなる。

 

詳細は後日に譲るけれども、その意味論の構成の大筋を述べる。

 

真理値関数は、命題全体のなすブール束から、ブール束{0,1}への準同型写像である。つまり順序および演算∨、∧、¬を保存する。

 

これらの条件を弱めて、論理値0, 1が善悪の概念に呼応する振る舞いをするようにしようというのが方針である。

 

検算はしているけれども、束論の勉強の進捗が遅いので、しばらく時間をおいてから

具体論を展開します。