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義務論理について考える

義務論理(Deontic logic)について考えてみます

義務論理の意味論について(OB-Kの確認)その1

酔った勢いで久しぶりにアレなブログを更新する。

 

p, q, r, …を行為を表す命題変数とする。

 

真偽値関数をTで表す。

 

また、Jは、行為を表す論理式全体の集合から{0, 1}への関数で、次の性質を満たすものとする。

 

  1. J(¬p)≧1-J(p)
  2. J(¬(¬p))=J(p)
  3. J(p∧q)≦min{J(p), J(q)}
  4. J(p∨q)=max{J(p), J(q)}

J(p)=1 であることを、行為 p をすることは悪でない、と解釈し、J(p)=0であることを、行為 p をすることは悪であると解釈する。

 

Jの性質については、集合のようにp,qをベン図を描いて考えると、意味がはっきりする。

 

行為を表す論理式に対して、「~してよい」を意味する結合子PE、「~すべき」を意味する結合子OBを導入する。

 

例えば

   p:税金を納める

とすると、OBpは「税金を納めるべき」という言明であると考える。

 

定義

  • T(PEp)=1となるのは、J(p)=1のとき

    T(PEp)=0となるのは、J(p)=0のとき

  • T(OBp)=1となるのはJ(¬p)=0のとき

    T(OBp)=0となるのはJ(¬p)=1のとき

後者はつまり、すべき行為とはしないことが悪である行為のことである、と解釈できる。

 

ここで「~ならば…すべき」という自然言語の表現を表す命題は 

OB(p→q)であることを指摘しておく。(p→OBqとかではない)。

例えば、「飲んだら乗るな」はOB*1

と表される。

 

このような解釈が自然であることは次のように理解すればよい。

 

まず(p→q)≡(¬p∨q)≡¬(p∧¬q)であるから、OB(p→q)が真であるのは、J(¬(¬(p∧¬q)))=0つまりJ(p∧¬q)=0のときである。これは「pかつqしない」ことが悪であることを意味する。

 

一方、「~ならば…すべき」という言明の意味するところについては、例えば「飲んだら乗るな」の意味するところは(飲む)∧(乗る)が悪ということだから、「~ならば…すべき」が真であることはJ(p∧¬q)=0が成り立つことだと考えられる。

 

まとめると、「~ならば…すべき」が真であるのはJ(p∧¬q)=0であるときで、これはまたOB(p→q)が真であることと同じである、ということである。以上から「~ならば…すべき」という言明はOB(p→q)と表すのが自然であることが確かめられた。

 

OB(p→q)に対して、OBp→OBqは、例えば、「法律を守るべきならば、(その一部である)道路交通法を守るべき」のような言明に相当すると思えばよい。

 

ところで、我々の意味論が正当であるかどうかを考えるうえで、致命的に重要なことは、OB-Kつまり 

   OB(p→q)→(OB(p)→OB(q))がトートロジーであること

が成り立つかどうかである。

 

これの確認は、そろそろ眠くなってきたので演習問題とする。

 

答え合わせは次の記事で。

*1:飲む)→(乗らない